WEBコラム〈8〉相談通訳者として多文化共生社会に貢献すること
相談通訳者として多文化共生社会に貢献すること
三木紅虹
中国語相談通訳者
「相談通訳者」と聞いて、どんなことを連想しますか。聞いたことがないような気もするし、なんとなく聞いたことがあるような気もするという方が多いかと思います。国際交流や外国人支援にかかわる人であれば、外国人相談の場面で通訳する人だと分かるでしょう。しかし、なぜわざわざ「相談通訳者」を認定することが必要でしょうか。これまでも弁護士や精神科医など専門家の立場から述べられてきましたが、今回は相談通訳者として認定された立場から述べたいと思います。
外国人住民の増加および滞在年数の長期化に伴い、生活の中で言語支援を必要とする人も、ケースも、増え続けています。また外国人住民のライフステージに合わせ様々な問題が生じており、その中には外国人特有の問題もあれば、日本人と同様の問題もあります。在日外国人は住民として、医療福祉・教育・行政・法律援助など日常生活の各領域で日本人と同等のサービスを受ける権利がありますが、言語的なサポートが提供されなければ、それらは保障されません。そのような言語サポートの担い手は「コミュニティ通訳者」と呼ばれていますが、その中でも特に、相談者が専門家に解決方法を求める相談の場面で言語間の「橋渡し役」を務める専門職が相談通訳者と定義されています。
筆者はこれまでに、国際交流協会所属の外国人相談窓口、弁護士会主催の専門家相談会、あるいはNPO団体の依頼に基づき学校・役所・病院などに派遣され、通訳に携わってきました。相談の場によってさまざまな対応が求められますが、相談通訳者としての職業倫理を持って臨機応変に対応する必要があります。
例えば、外国人相談窓口においては、通訳者としてだけではなく、相談員も兼ねていることが多いものです。相談通訳を担当する際には通訳者に徹することが求められますが、窓口で相談員として対応する際には、傾聴・課題整理・情報提供・アドバイスなどの役割が求められます。それらの役割を適宜に切り替えられるかどうか、相談通訳者としての倫理が問われます。忠実に通訳するため、話者の発言を足したり減らしたり変えたりしてはならず、通訳者の意見を反映させることはあってはなりません。相談員経験が長ければ長いほど通訳に際して主観的な意見を含めたり、ついアドバイスをしてしまう傾向があります。それを避けるためには、専門職としての職業倫理への自覚が求められます。
また専門家相談会では、相談通訳者は相談時の通訳以外に、前段階でのヒアリングを担当します。ヒアリングは、相談者が抱える問題の分野を限られた時間内で聴き出し、適切な専門家につなげることが目的です。ここでは、外国人に寄り添いながらも、簡潔に聴き取る技術と当該分野の専門家に振り分ける判断力が問われます。ここでは、各分野の基礎知識を熟知したうえで、相談者の話をまとめなければなりません。自己学習と経験が問われます。また、専門職としての「きく」という技が必要です。外国人相談者に寄り添いながら、言語を聞き取るだけでなく、本人の解決したい問題を聴き出して、専門家に正確に伝え、相談者が安心できるようサポートします。
それ以外にも、学校、役所、保健所、児童相談所などの関係機関に通訳者として派遣される場合があります。前述の2つの場面を自分の専門領域とするなら、これらの場面では専門家の仕事への協力者として関わることになります。事前に相談の目的や目標を専門家と打ち合わせ、必要な専門知識や用語をおさえるなどの準備が必要です。その際、専門家は必ずしも通訳者との連携に慣れている訳ではないので、会議通訳のように業務範囲を割り切れない場合の対応も通訳者が主導して進めなくてはなりません。相談通訳者は、通訳の専門職として、ユーザーと信頼関係を築き保つことも大事です。そのためには通訳の質は言うまでもありませんが、守秘義務やプライバシーへの配慮といった観点も重要です。特に相談通訳の分野では、通訳者自身が外国人住民コミュニティに関わることもあり、また外国人の日常生活のさまざまな領域で実践するため、細心の注意を払わなければなりません。
ここにきて新型コロナウィルスの猛威が吹き荒れ、国境を越えた人々の往来はもちろん、日常生活の中でも「三密」が避けられ、ソーシャルティスダンスが求められています。通訳の場面でも様相が変わりつつあります。スマートフォンやタブレットによる機械通訳、あるいは電話や画面越しでの遠隔通訳が非常な勢いで普及しています。確かに希少言語においては、それらが効率的で、実用的でしょう。しかし、ツールやサービスが多様化することで、ユーザーにとっては選び方、使い方が一層難しくなる側面もあります。 ますます多言語化・多文化化する日本社会において、専門的力量を有する人々を相談通訳者として認定することが、通訳者にとっての力量形成の指針に、またユーザーにとって通訳者の力量を知る基準となり、ひいては外国人を含むすべての人が住みやすい環境づくりに寄与することを願っています。