WEBコラム〈7〉こころの医療と相談通訳
こころの医療と相談通訳
阿部 裕
四谷ゆいクリニック 院長
多文化間精神医学会 前理事長
すでに10数年前から、精神科領域における、医療通訳のあり方が議論されて来た。精神科における医療通訳は、身体科の医療通訳を優先に考えた上で、その先に位置するものとするのか、それともそもそも、身体科の医療通訳の基本的要素として精神科的医療通訳が必要なのかが議論されていた。
精神科の医療通訳というと精神疾患限定のように聞こえるが、実は、精神科の領域は、最近では、広くこころの医療通訳として考えられるようになってきている。今や医学の領域は精神と身体という心身二元論的考え方で片づけることはできない。広義の意味での心身医学、全人医療的な考え方ごく一般的なっている。
以前は、精神科医や心理士は、精神医療での役割がほとんどであったが、最近では緩和ケア、高齢者医療、プライマリーケア、産業などの領域での需要も高まっている。このようにすでに精神科の医療通訳は単に精神医学の領域だけでなく、多領域にわたるこころの医療通訳としてその役割を担わなければならなくなりつつある。
これまで、インバウンドのための医療通訳、東京オリンピック・パラリンピックにむけての医療通訳、医療ツーリズムの医療通訳などの養成に向けて厚生労働省も力を入れてきた。それはあくまで身体科、特に救急医療における外国人対応に中心が置かれていた。
しかし、この新型コロナウィルスの世界的感染拡大によって、インバウンドたのめの医療通訳や医療ツーリズムとしての医療通訳の需要は一時的に低下し、また東京オリンピック・パラリンピックも一年延期、あるいは一年後の開催を危ぶまれる中、現時点では医療通訳の需要は増大しているとは言えないかもしれない。
また2019年4月の改正入管法改正後に増加するはずだった、特定技能の外国人労働者も想定どおりには増加しなかった上に、このコロナウィルスパンデミックで、外国人労働者のみならず、外国人技能実習生や外国人留学生の来日も留め置かれている状況がある。
だが、本来、医療通訳はすでに日本に在住している外国人が、医療を受診するときに、日本語が不自由なために、支援されるべきものである。必要な医療を受けられることは人間が生活し生きていくための最低条件であり、それは日本人であっても外国人であっても同等なはずである。もともと移民国家として存在してきたオーストラリアやカナダでは、必要な時に無料で医療通訳を利用できるシステムができ上がっている。
とはいうものの、このグローバル化社会においては、今後、医療通訳の需要が高まってくることは間違いないであろう。そうした中で求められるこころの医療通訳とはいかなるものなのかを精神科医療現場の経験を通して述べていきたい。
精神医療の領域においては、1980~90年代にかけては、いわゆるニューカマーと呼ばれる、インドシナ難民、中国帰国者、農村の花嫁、日系ラテンアメリカ労働者という方々の支援が中心だった。その後は国際結婚カップル、外国人技能実習生、外国人労働者、外国人留学生、あるいはニューカマーとしてやってきた人たちの第二世代の子どもたちの精神医療的な治療が中心になってきた。
これまで国は、技能実習生や労働者を受け入れることには積極的であったが、移民、難民の受け入れは原則拒否してきた。労働者は必要だが、その労働者が同時に地域で暮らす生活者であることには関わろうとせず、それは地域の問題として先送りしてきた。従来から日本で生活する外国人や、新たに加わった労働者の地域支援に目を向けられるようになったのは、昨年の改正入管法の後からである。
地域に根差した外国人がこころを病んだ時、どう支援するのかについては未だに暗中模索である。それは地域に外国人を診療する精神科医がほとんどいないことと、医療通訳者がほとんどいないことである。東京のクリニックを受診する外国人も、ここ2,3年アジアの技能実習生、外国人労働者、外国人留学生が急増している。外国人だからといって英語ができるとは限らない。そうした患者を支援するには、医療通訳が必要である。会社における上司との葛藤、留学生の学校不適応、家族間の多文化間葛藤、第二世代の子どもたちの発達的課題などがある。
精神科の患者の場合は、どの人一人とってみても生活史抜きに症状を語ることができない。それゆえこころの通訳に関する通訳は、単に精神科用語を知っているだけでは済まされない。患者の生活してきた社会文化的背景、地域や職場における人間関係、家族関係、母国との関係など、コミュニティ通訳的要素も多く含んでいる。そして日本の精神医療システムを知り、地域における福祉、介護システムも知っていることが要求される。
そういう意味において、こころの医療通訳は、身体科の通訳と違ってそれほど高度な医学用語を求められず、むしろ、簡単な精神科医学用語と地域、社会の医療システムを知っていた方が有益であると考えられる。医療通訳というよりコミュニティ通訳に近いと考える方がいいかもしれない。
そこに相談通訳の有用性が浮上する。一般的なコミュニティ通訳を基盤とし、司法、医療、福祉、教育、行政の5領域においてある程度の専門性を有する通訳者となる。こころの医療通訳の場合は、この医療の領域に入るわけであるが、高度な専門性を有する医療の領域は専門の医療通訳に任せればいい。ここで必要とされるこころの医療通訳は、もちろん診療場面において医師と患者のこころの通訳をしなければならないが、同時に、他の施設や地域との関係調性が求められるケースワーカー的役割も求められる。
精神科医療における通訳は、症状、診断、薬物、副作用などの純粋に医学領域の通訳のみならず、それ以上に、患者の気持ちと医師の思いを通訳し、より継続的な治療に結びつけ、最終的には職場、家庭、地域にうまく戻っていくのを助ける通訳も必要とされるのである。
医療通訳の役割と同時に問題になっているのが、医療における通訳費用をどこが負担するかである。MICかながわのように一部県が負担してくれるところもあるが、ほとんどは医療施設負担か患者負担である。現在のところは、医療側と患者側で折半しているところが多いようであるが、外国人が日本で生きていくための最低条件に含まれているのであるから、今後は国が負担していくべきものと考えている。
近い将来、コロナウィルスの収束に伴って、また、アジアを中心とした外国人労働者と外国人留学生が日本へやってくるであろう。母国で発症し回復してやってくる者もいれば、日本へ来て異文化不適応から発症する者もいる。しかし、日本における医療通訳システムは道半ばであることは変わりない。今後は、少なくともこころの医療の領域では、その通訳の任を相談通訳に担ってほしいと考えている。