WEBコラム〈3〉多文化社会専門職機構(TaSSK)のこれまでとこれから ―多文化社会専門職認定制度の確立とネットワークづくりに向けて
「多文化社会専門職機構(TaSSK)のこれまでとこれから
―多文化社会専門職認定制度の確立とネットワークづくりに向けて」
菊池 哲佳
一般社団法人 多文化社会専門職機構 事務局長
多文化社会コーディネーター(多文化社会専門職機構認定 )
はじめに
2018年12月、外国人労働者の受け入れ拡大を目指す改正出入国管理法が国会で成立し、2019年4月に施行されることになりました。深刻な人手不足に悩む業界からは法案の成立を歓迎する声も聞かれる一方で、外国人労働者を住民として地域社会で受入れ、共生していくための諸課題についてはまったく議論されないまま法案が成立したことが、多くの報道で指摘されています。しかし、政府の動向に関わらず、わたしたちが日本における多文化社会の現実にあらためて向き合い、将来像を描き、さまざまな課題に取組むべき時が来ていることは間違いありません。そのような現状認識を踏まえ、当機構の設立の経緯と今後の方向性について述べたいと思います。
多文化社会専門職機構(TaSSK)のプログラム
多文化社会専門職機構(略称TaSSK. Tabunka Shakai Senmonshoku Kikouの頭文字をとり「たすく」と略称します)は、2017年2月に設立されたばかりの組織です。多文化社会の問題解決に取り組む実践者や研究者を対象に学びとネットワーク形成の場を提供するとともに、多文化社会の問題解決に貢献できる専門職の認定事業を通じて多文化共生社会の実現を目指すことを目的として設立されました。現在は32名のメンバーによって、「認定事業」「実践研究事業」「社会発信事業」の3つ事業を軸に、さまざまなプログラムが運営されているところです。
これまでに実施されたプログラムをいくつか紹介します。認定事業では、2017年2月に「多文化社会コーディネーター認定プログラム」において5名を、2017年12月に「相談通訳者認定プログラム」において5名をそれぞれ専門職として認定しました。実践研究事業では、2018年度に「多文化社会コーディネーター協働実践研修」を実施しています。2018年8月から2019年2月にかけての計4日間、全国から15名の実践者たちが集い、コーディネーターとしての力量形成を図るため活動分野や地域を超えてそれぞれの実践を語り合い、振り返りを行っています。社会発信事業としては毎年12月頃に「多文化社会実践研究フォーラム」を開催しています。2018年12月には早稲田大学戸山キャンパスで「第3回多文化社会実践研究フォーラム」を開催し、全国から集った110名の参加者が活発な議論をしました。
その他にも「多文化カフェ」をはじめ、メンバーによってさまざまなプログラムが展開されているところです。TaSSKはメンバーがプログラムを通じて問題解決を図るためのプラットフォームとして、あるいはネットワークづくりのためのプラットフォームとしても機能していると言えるでしょう。
TaSSK設立の経緯
TaSSK設立の直接のきっかけとなったのは、2013年から2015年にかけての3年間、東京外国語大学多言語・多文化教育研究センターで実施された研究プロジェクトです。このプロジェクトでは、同センターにおけるこれまでの研究成果を踏まえて専門職としての「多文化社会コーディネーター」の専門性評価と認定制度の構築について研究が進められました。私自身も2010年から同センターにおける「多文化社会コーディネーター研究」に参加していたこともあり、この研究プロジェクトに参加しました。この研究プロジェクトは2015年度末をもって終了したのですが、その研究の成果を研究だけに留めるのではなく、研究の成果を実社会に還元していきたいということは、参加したメンバーに共通した思いでした。そこで研究メンバーの呼びかけにより2016年6月に有志が集い、設立準備総会が開かれました。その後、半年間にわたる準備期間を経て、2017年2月26日、31名の有志の呼びかけのもと、TaSSKが誕生しました。
設立に際して大きな役割を果たされたのが、東京外国語大学多言語・多文化教育研究センターでプロジェクト・コーディネーターを務めた杉澤経子さんでした。彼女の尽力なしには設立に至らなかったと言っても過言ではないでしょう。実際、設立呼びかけ人の方々は、杉澤さんが多文化社会の問題状況を変革していこうとする実践の中で出会った人たちで、彼女の思いに共感してきたからこそTaSSKの設立にも賛同した方ばかりだと思います。私自身も事務局として設立準備を進めていた当時、杉澤さんには連日のように電話で相談をしていたのですが、杉澤さんが体調不良を押して真摯に応じてくださったことはいまでも忘れられません。杉澤さんは2017年2月17日に永眠され、TaSSKの設立に一緒に立ち会うことができなかったのは残念ですが、彼女の思いはTaSSKの活動に間違いなく引き継がれていると思います。
「多文化社会コーディネーター研究会」にて杉澤経子さん(後列左)らと
認定制度構築の必要性
TaSSKの特徴の1つが、専門職の認定事業です。多文化社会の問題解決に寄与するための専門性を有した人材を専門職として認定するもので、現在は「多文化社会コーディネーター」、「相談通訳者」の2つの認定プログラムを実施しています。これらの専門職は、それぞれつぎのように定義されています。
多文化社会コーディネーターとは
「あらゆる組織において、多様な人々との対話、共感、実践を引き出しつつ、「参加」→「協働」→「創造」の問題解決へのプロセスをデザインしながら、言語・文化の違いを超えてすべての人が共に生きることのできる社会に向けて、プログラム(活動)を構築・展開・推進する専門職」
多文化社会コーディネーターとは
「あらゆる組織において、多様な人々との対話、共感、実践を引き出しつつ、「参加」→「協働」→「創造」の問題解決へのプロセスをデザインしながら、言語・文化の違いを超えてすべての人が共に生きることのできる社会に向けて、プログラム(活動)を構築・展開・推進する専門職」
相談通訳者とは
「コミュニティ通訳の活動分野である司法・行政・教育・医療の領域において、言語間の「橋渡し役」を務める専門職」
定義だけではなかなかイメージしづらいかと思われますが、多文化社会コーディネーターは自治体、国際交流協会、地域日本語教室、学校、企業などさまざまな組織において、プログラム(施策、事業、活動)を企画・運営し、多文化社会の問題解決に寄与する専門人材です。多文化社会コーディネーターに求められる専門性とは、単に、予算や人員といった各組織における所与の条件の下でプログラムを企画・運営することができる、ということではありません。日本社会はこれまでに直面したことのない勢いで多文化化が進展しており、また財政の逼迫や人材不足が言われるいまだからこそ、これまでの前例などにとらわれることなく、現場に生起する問題を的確に捉え、課題を適切に設定し、問題解決に向けて組織や分野を超えた人びととの協働を推進することができる専門性が求められています。しかしこのような専門性は、例えば医者や弁護士といった専門職と比べて役割や専門性が分かりにくいため、その人材の必要性が社会で認知されていないという実態があります。そのため、専門性が担保されないままに人材が配置され、結果として施策や事業が十分に機能していない問題状況が見られます。
また、相談通訳者は、司法、行政、教育、医療などのいわゆる「コミュニティ通訳」の分野で活動する専門人材です。近年、日本に暮らす外国人の言語的・文化的背景はますます多様化しており、外国人の抱える問題を解決するために公的機関や専門家との橋渡し役となる通訳者には相当の専門性が求められます。そこでは、高い言語運用能力はもとより、マイノリティに寄り添う視点など、会議通訳とは異なる専門性が求められます。しかし、その専門性を評価する仕組みが無いことから、専門性の有無に関わらず、ボランティアにその役割を任せっぱなしにしている地域も少なくありません。また、相談員や通訳者を配置している場合でも、言語ができればよいといった程度の認識で採用・配置され、相談員や通訳者としての質が担保されていない現状も見受けられます。その結果、専門職として認識されていないことから、専門職として見合った待遇がなされておらず、人材の確保がなされないという悪循環が起きています。
私たちはそのような問題状況を変革し、多文化共生社会を実現するためには、多文化社会コーディネーター、相談通訳者という2つの専門職の輩出が不可欠だと考え、認定組織を立ち上げることにしました。その意味で、認定制度を構築するということがTaSSKの出発点であり、TaSSKの特徴は認定事業にあると言えるでしょう。
なお、今後の認定試験の予定ですが、2019年度には多文化社会コーディネーター、相談通訳者それぞれの実施を予定しており、現在準備を進めているところです。詳細はウェブサイトなどで随時お知らせしますので、ご関心のある方はご確認ください。
分野を超えたネットワークの必要性
TaSSKのもう1つの特徴が、多文化社会の問題解決に取り組む人びとの分野を超えたネットワークです。私自身、日ごろは国際交流協会のスタッフとして外国人相談事業に携わっているのですが、外国人住民から寄せられる相談の内容は行政、法律、医療、教育など多岐に渡り、しばしば専門家との連携なくしては解決に導くことが難しいケースが増えていると実感しています。そのようなこともあり、TaSSKの事業を通じて、たとえば毎年開催する「多文化社会実践研究フォーラム」で弁護士、社会福祉士、相談通訳者など他分野の専門職の人びとの実践を聴くことや、「多文化社会コーディネーター協働実践研修」において他分野・他地域でコーディネーターとして実践する人びとの話を聴くことが、私自身の実践に具体的なヒントを得る機会ともなっていますし、私自身の実践を振り返り、視野を広げる機会にもなっています。
このような分野や立場を超えて多様な人たちと自らの実践を振り返ることの重要性を私に教えてくれたのは、前述の「多文化社会コーディネーター研究会」でした。この研究会に私が参加した2010年当時、私は国際交流協会のスタッフとして、国際交流協会の担うべき役割とは?、国際交流協会の専門性をいかに発揮すべきか?といったことに悩んでいました。しかし、研究会のコーディネーターであった杉澤経子さん、彼女の盟友である山西優二さん(TaSSK副代表理事)をはじめとするメンバーたちと対話を重ねることを通じて、私自身の視野が広がり、国際交流協会のコーディネーターとしての役割や、国際交流協会の取り組むべき課題を少しずつ見出すことができるようになったように思います。
TaSSKでは実践研究事業はもとより、あらゆるプログラムにおいて多文化社会の問題解決を目指す人びとが実践者・研究者の枠を超えて、あるいは組織や分野を超えて、同じ地平に立って協働で実践や研究をおこなうことを大切にしています。そのような組織のあり方は、設立のきっかけともなった当時の研究会の文化を引き継いでいるのだと思います。私にとってはあの時の対話のありようが貴重な「原風景」となっており、それをTaSSKでも受け継いでいきたいという思いから、TaSSKの事業に取り組んでいるところが大きいように思います。
おわりに
TaSSKは2017年2月に設立されてからようやく2年が経ったところで、まだまだ歩き出したばかりの組織です。外国人労働者の受け入れをめぐる政府の動向を見れば早急に取り組むべき問題は山積しているように思いますが、歩き出したばかりのTaSSKとしてできることは決して多くはないかもしれません。しかしこのような時こそ、それぞれの現場で着実に実践を重ねつつ、同時にこれからの多文化社会のありようについて人びとが対話を重ねながら思い描いていくことが重要であると思います。TaSSKには少なくともそのような土壌があると思いますし、これからもそれを大切にしつつ、「多文化共生社会」の実現に向けて取り組む人びとの輪を広げていきたいと思っています。