WEBコラム〈2〉中村 亮「司法の場における相談通訳について」
司法の場における相談通訳について
中村 亮
多文化社会専門職機構 理事
弁護士
1 相談通訳の必要性
外国籍の相談者が法的トラブルに巻き込まれ弁護士へ依頼する時は、既に日本社会に定住し日本社会に関わりがあるからこそ法的トラブルに巻き込まれるのであり、日常会話レベル以上の日本語が話せる相談者が多いです。そして、通訳費用の負担の問題もあることから、相談の度に、相談通訳を実施するわけではなく、訴訟提起の直前など詳細な事実を正確に聴きだす必要がある場合に限って、通訳者を依頼することが多いです。
相談通訳の特徴は、弁護士の質問の意図を理解して、通訳の際に相談者が弁護士の質問の意図を理解しているかどうか確認することが、通訳者に求められます。通訳者が弁護士の質問の意図を理解するためには、当該相談分野についての基礎知識を通訳者が身につけていることが望ましく、相談者自身にある程度の日本語力があっても、専門職としての相談通訳者を利用する機会を増やすことが望ましいと言えます。
相談通訳を用いない場合に懸念されるのは、弁護士と相談者のやりとりが表面的には成り立っていても、弁護士の質問の意図を相談者が理解していないことを双方が自覚せずに相談が終わってしまうことです。例えば、無免許で自動車を運転して追突事故で被害者を負傷させた刑事被告人と裁判の打ち合わせを家族による通訳で実施した際、この追突事故の時以外にも無免許で運転したことがあるかを聴いて、嘘をつく必要はないと言明したにも拘わらず、打ち合わせの場では嘘をついて無免許運転は今回の追突事故の1回限りと話をしていました。法廷通訳人が入る裁判の場では、検察官の追及で、過去の無免許運転を認めました。法廷通訳人に話を聴くと、被告人は刑務所に入ることが心配で、自分の印象をよくしようと考え私には免許運転が1回だけと話をしたとのことです。打ち合わせの場では、私は今回の裁判で刑務所に行く可能性は低いと述べていたのですが、家族による通訳では、上手く伝わらず、刑務所で服役する可能性から被告人が緊張状態であったことが私に伝わらなかったのです。
2 相談通訳の実践
相談通訳の具体的な実施方法は、相談者と弁護士及び通訳者が会って実施する対面通訳と、電話や映像による送受信を用いる遠隔通訳の2つの方法があります。もちろん、通訳者が、相談者の表情や身ぶり手ぶりなどを直接把握できる対面通訳の方が、通訳の質は高くなります。
ただ、対面通訳の場合には、相談者、弁護士、通訳者の3人の日程調整が必要になり、調整が難航することがあります。通訳言語が少数言語であれば、依頼できる通訳者が限られなおさら日程調整が難しくなります。また、案件によっては母国に居住する相談者の家族から事情を聴く必要があり、その場合には遠隔通訳にせざるを得ません。私の場合、麻薬の密輸入で拘束された被告人の家族に情状証人として出廷してもらうための事前の打ち合わせを母国とスカイプでつないで通訳を実施したことがあります。
次に、相談通訳を円滑に実施するためには、弁護士から通訳者へ、事前に相談内容についての情報提供(特に前提となる法制度の概要)をすることが望ましいです。例えば、離婚の相談では、協議で離婚できない場合に、日本では、家事調停から離婚訴訟と2つの手続きを順に進める必要があり、同じ裁判所の手続でも違う概念であることを説明することが望ましいです。それに加えて相談事例の固有の事情(離婚問題に至った背景、主な対立点など)を提供して、弁護士が相談の際に重点的に相談者から聴きたい事項を明らかにすることで、相談通訳の実効性が高くなります。事前の情報提供は、弁護士と通訳者が、予定されている相談の目的について認識を共有する効果があり、これにより、通訳者は、相談者が弁護士の質問の意図をはき違えている場面に気がつくことができ、適切な通訳を実施することができます。
3 相談通訳の信頼性
弁護士が相談通訳を利用する際、所属弁護士会に登録されている通訳人名簿、あるいは、日本司法支援センター(法テラス)の各地方事務所に登録されている通訳人から探すのが一般的です。その他に、知り合いの弁護士から通訳者を紹介してもらうこともあります。
弁護士会や法テラスへ通訳者が名簿登録をする際に、試験や研修などが あるわけでなく、ほとんどが自己申告(履歴書に記載されている通訳経験や滞日年数、日本人なら外国への留学経験等)を信用してそのまま登録しているのが実情です。実際には、通訳に自信がないのに登録を希望する通訳者はあまりいないし、問題のある通訳者については実際に依頼した弁護士からの情報提供を契機に名簿から外されることもあるので、通訳の質の問題が表面化することはそれほどありません。ただ、上記の名簿が通訳の質の客観性を担保する仕組みになっていない以上、通訳者を依頼する弁護士としては、過去に相談通訳を依頼して満足できる相談を実現できた通訳者を繰り返し依頼する傾向が強いです。
4 今後の課題
冒頭で述べたように、弁護士へ依頼する外国籍相談者は、ある程度の日本語ができる場合が多いです。そして、相談通訳の費用負担をさけるため、相談者は通訳の依頼を回避したり、自身より日本語力がある友人を相談の場に同席させることが多いです。
通訳費用は、刑事事件では(一般的な報酬よりは低額ですが)全て国から支給されますが、民事事件では、資力のない相談者について1案件上限10万円で法テラスから支給されるに止まります。相談者から法的に有利な事実を正確に聴きだすには、相談者や友人の日本語力のみに頼るには限界があり、少なくとも救済の必要性が高い(後遺症がある労災事件や交通事故、日本で生まれ育った未成年者の在留特別許可を求める案件など)民事事件については、通訳費用を相談者のみに負担させない仕組みが求められます。
また、相談通訳の質を担保する制度がなく、表面的には通訳に問題が生じなくても弁護士が必要な事実を聴き取れていない、または、相談者が質問の意図を理解できていないのに、気がつかないまま相談が終わってしまう可能性もあります。この点は、当機構の中核事業である相談通訳者の認定事業において、通訳の信頼性を担保できる検定制度の実現に取り組んでいるところです。